2025年7月20日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

マタイの福音書 第17章1~8節

【 金  言 】

弟子たちの目の前でその御姿が変わった。顔は太陽のように輝き、衣は光のように白くなった。

      マタイの福音書 第17章2節

【 説教要旨 】

「御姿が変わった主イエスは何者か」

      木村勝志牧師

 受難予告(21節)に動揺する弟子たちの目が開かれるよう「イエスは…祈るために山に登られ」(ルカ9:28)、「弟子たちの目の前でその御姿が変わった」。

①主イエスは神の御子

 主イエスは神の御子で(3:17)、「世界が始まる前に一緒に持っていたあの栄光」(ヨハネ17:5)、「神の御姿」(ピリピ2:6~7)が一時的に回復されたことを示す変貌です。受肉降誕こそが最大最高の変貌です。

②主イエスは約束の救い主

 「モーセ(律法の代表)とエリヤ(預言者の代表)が…現れて、イエスと語り合っていた」のは、主イエスは旧約の律法と預言を成就するために来られた約束の救い主であることを示しています(マタイ5:17)。

③主イエスは受難の救い主

 三人が語り合っていたのは、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期(直訳「成就しようとしている出発」)について」(ルカ9:31)でした。主イエスは、過越の小羊の血によってイスラエルがエジプトの奴隷状態から解放されたように、十字架の血によって全人類を罪の奴隷から救い出すために来臨された受難の救い主であることを示しています。

 主日礼拝は、「弟子たちの目の前でその御姿が変わった」主が特に臨在されるところで、みことばや賛美を通してご自身を鮮やかに現されます。何かあるとすぐに思い煩ったり、変に白けたり諦めたりするのは、結局この栄光の主を見る目が曇っているからではないでしょうか。全世界・全宇宙の王として今も天地万物を統べ治めておられる主は、「起きなさい。恐れることはない」と励まし、私たちの味方となり、折にかなった助けを与え、やがて再臨して救いを完成してくださいます。この栄光の主をはっきり見つめる信仰の目を開いていただきましょう。