2025年8月10日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

マタイの福音書 第17章1~8節

【 金  言 】

弟子たちの目の前でその御姿が変わった。顔は太陽のように輝き、衣は光のように白くなった。

彼らが目を上げると、イエス一人のほかには、だれも見えなかった。

      マタイの福音書 第17章2、8節

【 説教要旨 】

「主イエスの言うことを聞け」

      木村勝志牧師

 主イエスの変貌を目撃したペテロが「何を言ったらよいのか分からな」いで口走った言葉、「私がここに幕屋を三つ造ります…」には、二つの誤りがありました。

 第一の誤りは、神の御子イエスをモーセやエリヤと同列に置いたことです。神はその誤りを正すためにモーセとエリヤを隠し、「イエス一人のほかには、だれも見えな」いようにされました。「あなたは生ける神の子キリストです」と信仰告白しながらも、受難予告を理解できずに戸惑っている弟子たちに(16:13~23)、主イエスこそ神の御子、約束の救い主であることを示すため、「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け」と語りかけられました。「私たちは、ペテロと同じ過ちにしばしば陥ります。イエスという存在をほかの存在と並べて、またさまざまな情報を集め、いったいだれの声が自分に最善なのだろうと考え、イエスにだけ向き合うことをなかなかしません」(藤本満師)。何かあるとすぐ信じきれず、従いきれず、慌てふためき、思い煩ってしまう者ですが、今後は深呼吸して心を静め、「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け…起きなさい。恐れることはない」と言われる神を仰ぎましょう。「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さ」(ヘブル12:2)ず、どこまでも信頼したいものです。

 第二の誤りは、「幕屋を三つ造」って栄光を保存しようとしたことです。彼らが山上で主イエスの変貌を目撃したのは、そこにいつまでも留まって、自分たちだけで良い気分に浸るためではないのです。「山上の栄光と山麓の悲惨」と言うように、山麓には罪や重荷に人知れず苦しむ人々が多数います。山上の栄光を味わった者には、山麓で苦しむ人々のもとに行って主イエスを証しする使命があります(マルコ16:15)。私たちは「集められて祈り、散らされて宣べ伝える」のです。