2025年8月24日の礼拝メッセージ
【 聖書箇所 】
詩篇 第5篇1~12節
【 金 言 】
主よ 朝明けに 私の声を聞いてください。
朝明けに 私はあなたの御前に備えをし
仰ぎ望みます。
詩篇 第5篇3節
【 説教要旨 】
「朝ごとに主を待ち望む」
木村勝志牧師
①祈りの姿勢(1~3節)
「誇り高ぶる者たち…不法を行う者…偽りを言う者ども…人の血を流す者や欺く者」に包囲され、絶望的な状況にあったとき、ダビデはどうしたでしょうか。主に祈りました。それは、自分の願いをはっきり言い表す「ことば」の祈り(Ⅰコリント14:15)、「うめき」の祈り(ローマ8:26)、「叫び」の祈りでした。このようにダビデが大胆に主に祈ることができたのは、「私の王 私の神」と呼べる、主との親しい関係があったからです。
②祈りの内容(4~11節)
ダビデは、絶望的な状況から解放されることよりも、「あなたの義によって私を導いてください…」、試練の中でも主の道を歩み続けることができるよう、まず自分自身のために祈りました。10節は、敵が呪われ滅びることを祈っているというよりも、神の義が確立されることを祈っているのです。自分自身が主を畏れて生きているなら、「神は、ちょうど良い時に…高く上げてくださいます」(Ⅰペテロ5:6)。神の目は節穴ではないので、神の義が確立されることを期待する祈りです。
③祈りの確信(12節)
やがてダビデの内に一つの確信が芽生えてきました。「主よ まことにあなたは 正しい者を祝福し 大盾のように いつくしみでおおってくださいます」という確信です。「多くの患者を診てきてわかったことは、人間は朝起きて一時間くらいのときの感情を一日中引きずるものだ」。ある精神科医の言葉です。このときのダビデは、目覚めるや否や、目の前の問題に圧倒され支配されても当然のような状況でした。しかしダビデは絶望的な状況に支配されませんでした。むしろ、一切の状況を支配される主を仰ぎ、主の「大盾」による守りを確信しました。すべては「朝明け」の祈りのゆえです。御子イエスも、人となられたからには、「朝早く、まだ暗いうちに起きて…祈っておられた」(マルコ1:35)のであれば、私たちにはなおさら朝の祈りが必要です。
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