2025年11月2日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

エレミヤ書 第18章1~11節

【 金  言 】

見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたは私の手の中にある。

      エレミヤ書 第18章6節

【 説教要旨 】

「陶器師の家で」

      杉山俊一牧師

①不純物を除く陶器師

 陶器師は粘土を練って形を作り、それを火で焼いて茶碗や花器、丼や皿などの器ものを作ります。しかし自然の粘土の中には多くの塵が混ざっており、そのまま使うと火で焼いた時に器が壊れてしまいます。また、塵を除いた粘土でもよく練って土の中の空気を粘土の中から出してしまわないと、これも火で焼いた時に器が破裂してしまいます。エレミヤが見た陶器師は粘土をろくろで回して器を作っていた時、何か異物が粘土の中にあったのでしょうか、それとも気に入った風にできなかったのでしょうか、それを壊して別の器を作りました。

②心の汚れを除く主

 粘土の中にゴミや小石、空気などが混ざり込んでいると良い製品ができないように、生まれながらの人間の心の中にも堅い石、頑固な心、自信や自我、神より快楽を愛する心が入り込んでいるならば、クリスチャンとして成長することができません。それゆえ神は人を困難や試練に遭わせることを通して心の中を聖めようとされるのです。「主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから」(ヘブル12:6)とある通りです。

③行いとわざとを改めよ

 主イエスを救い主と信じた者は、立場上は「罪なし」と宣言されますが、心の中にはいまだに自己過信や自己本位の思いがあります。神は心のゴミを除くために私たちを試練にあわせて別の者に作り変えられます。今まで失われていた神のかたちを回復し、神の栄光を現わして生きる者に変えて下さるのです。主は私たちに「それぞれ悪の道から立ち返り、あなたがたの生き方と行いを改めよ」(11節)と命じておられます。へりくだって、主の御前に正しい応答をするものとなりましょう。

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