2025年11月30日アドベント第一主日の礼拝メッセージ
【 聖書箇所 】
詩篇 第113篇1~9節
【 金 言 】
だれが 私たちの神 主のようであろうか。
主は高い御位に座し
身を低くして
天と地をご覧になる。
詩篇 第113篇5~6節
【 説教要旨 】
「身を低くしてご覧になる主」
木村勝志牧師
詩人は「主のしもべたち」に、「今よりとこしえまで」永遠に、「日の昇るところから沈むところまで」全世界で、「主の御名をほめたたえよ」と呼びかけます。その理由が4節以下に記されています。「主は高い御位に座し」、比べようのない超越したお方だからです。そのような主が徹底的に「身を低くして 天と地をご覧になる」、被造物と関わってくださるというのです。主は、「ちり…あくた」の中で苦悩する「弱い者…貧しい人」や「子のいない女」を、腕組みして天から眺めるだけの傍観者ではありません。実際に親身になって関わってくださるお方なのです。
このことが文字通り成就したのがクリスマスです。私たち罪人を救うために、神の御子イエスはまさに「身を低くして」人の子となり、地上に降誕されました。「罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれた」(ヘブル4:15)主イエスは、病に苦しむ者や悲しみに沈む者、罪深さに悩む者等に寄り添われました。姦淫の現場を取り押さえられ、恥ずかしさと死刑の恐怖に打ち震える女性に、主イエスは「身をかがめて」寄り添い、罪の赦しを宣言されました(ヨハネ8:1~11)。
主イエスはひとり天の高みにおられるようなお方ではありません。試練や困難、悩み事にうめき苦しむ私たちに「身をかがめて」寄り添い、ともに歩もうとされるお方、引き上げ、勝利を与え、喜びを回復してくださるお方です。「神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられ」たばかりか、「十字架の死にまで」下り(ピリピ2:6~8)、さらに陰府にまでも下られた主イエスは、私たちが火のような試練や苦難に見舞われるとき、「永遠の腕」をもって下から支えてくださいます(申命記33:27)。「永遠の腕」よりも下に落ちることなど絶対ないのです。
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