2025年4月20日イースター召天者記念の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

コリント人への手紙第一 第15章12~20節

【 金  言 】

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

      コリント人への手紙第一 第15章20節

【 説教要旨 】

「しかし事実、キリストは復活された」

      木村勝志牧師

 パウロが本章を記したのは、コリント教会内に「死者の復活はないと言う人たちがいる」からです (1~11節はキリストの復活の歴史的事実について、12~19節はキリストの復活を否定するとどうなるかについて)。「キリストは…私たちの罪のために死なれたこと…葬られたこと…三日目によみがえられたこと」は、「聖書に書いてあるとおり」の神の救いのご計画の実現で、復活の目撃者の「大多数は今なお生き残っています(パウロもその一人)」という事実はキリスト復活の確かな証拠です(3~8節)。

 もし復活がなければ、私たちの「信仰は空しく…今もなお自分の罪の中にい」ることになり、「すべての人の中で一番哀れな者です」。「宣教は空しく…信仰も空しいものとなり…神についての偽証人ということにさえなります」。「しかし、今やキリストは…死者の中からよみがえられた」ゆえ、私たちの信仰も宣教も空しくないのです。復活は、キリストが罪と死に勝利されたことの何よりの証拠で、復活があってこそ十字架の贖いは効力を発揮し、信じる者を義とすることができるのです。十字架なくして復活の意味はなく、復活なくして十字架は完成しません。十字架と復活はコインの裏表のように切っても切れない関係にあり、福音の中心です。福音とは「十字架と復活による救い」と言えます(ローマ4:25)。

 キリストの復活は、「眠った者(キリストを信じて死んだ人々)」がやがて復活し、天国で永遠に生きることの「初穂」、前兆でもあります。人類最大の敵は死で、誰も打ち勝てません。しかし十字架と復活を境にして、死はもはや呪われたものでも人生最大の敵でもなくなり、天国に続く希望のトンネルとなりました。先に召された聖徒たちもこの希望を抱きつつ召天し、天国での再会を待ちわびているのです。

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※礼拝の中で、聖歌隊により「ごらんよ空の鳥」が特別賛美されました。

※聖餐式が行われました。

※礼拝後、生路霊園に移動して、イースター墓前礼拝が行われました。