2025年9月21日の礼拝メッセージ
【 聖書箇所 】
詩篇 第126篇1~6節
【 金 言 】
涙とともに種を蒔く者は 喜び叫びながら刈り取る。
詩篇 第126篇5節
【 説教要旨 】
「繁栄の回復のために」
木村勝志牧師
①救いを喜ぶ(1~3節)
バビロン捕囚から解放されて帰国したイスラエルは、「夢を見ている者のようであった…口は笑いで満たされ…舌は喜びの叫びで満たされた…喜んだ」と喜びいっぱいでした。主のために一生懸命何かをすることも尊いことですが、何をするよりもまず、主イエスを信じて罪の奴隷から神の子とされた救いの恵みに感謝し、喜びあふれて生きていることこそ(Ⅰヨハネ3:1)、最高の証しです。人々も「主は彼らのために大いなることをなさった」と主を崇めるようになるでしょう。
②回復を祈る(4節)
「ネゲブの流れ」は、乾期には枯れますが、雨期には洪水のようになります。祖国は今、乾期のネゲブのように荒廃しているが、やがて捕囚民が雨期の洪水のように帰還し、かつての繁栄が回復される日が来る、と信じて期待して祈りました。自分の救いだけで満足せず、依然として罪の中にある人々のために祈る責任があります。ピリピの獄中でパウロとシラスが「祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた」ところが、「すると突然」という御業を拝しました(使徒16:25~26)。ヤボクの渡しでヤコブは「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ」と神にしがみつくようにして祈り、遂に祝福を得ました(創世記32:24~32)。神の時が満ちるまで、諦めないで祈り続けましょう。
③種をまく(5~6節)
帰還した民には、土地を耕して「種を蒔く」農作業や神殿・城壁の再建等、「涙とともに種を蒔く」ような仕事が山ほどありました。しかし彼らは「喜び叫びながら刈り取る」日を夢見つつ、困難な使命に勇ましく立ち上がって励みました。日本では、福音宣教の困難さや収穫の乏しさばかりが目につき、空しさを覚えることも少なくありません。しかし、涙の祈りで濡れた福音の種蒔きに「時が良くても悪くてもしっかり」(Ⅱテモテ4:2)励むなら、私たちの周りにもいつか必ず「喜び叫びながら刈り取る」日が来ることを信じましょう。「桃栗3年、柿8年、日本人伝道20年」(中田智之師)。
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