2025年年10月12日の礼拝メッセージ
【 聖書箇所 】
詩篇 第8篇1~9節
【 金 言 】
人とは何ものなのでしょう。
あなたが心に留められるとは。
人の子とはいったい何ものなのでしょう。
あなたが顧みてくださるとは。
詩篇 第8篇4節
【 説教要旨 】
「人とは何ものなのでしょう」
木村勝志牧師
①主の栄光(1~3節)
主の「御名は全地にわたり…ご威光は天でたたえられています」が、主は「幼子たち 乳飲み子たち」に喜んでご自身を啓示されます(マタイ18:3)。彼らの賛美は、主に「敵対する者…復讐する敵を鎮めるために」、主が創造者・統治者であることを思い知らせるために用いられます(マタイ11:25~27、21:12~17)。このとき詩人は夜空の「月や星を見」ながら黙想していたのでしょう。天を仰ぐなら、全能の主に対する信仰が湧いてきます(創世記15:1~6、詩篇19:1)。
②人の光栄(4~9節)
人は「神のかたちとして」、すなわち神のような霊的・人格的存在、交わりを持つ者として創造されました(創世記1:27~28)。神のかたちに造られたのは全被造物の中で人間だけです。神は私たち一人ひとりを見て、「非常に良かった」「高価で尊い」(創世記1:31、イザヤ書43:4)と最高に評価しておられます。「人を御使いより わずかに欠けがあるものとし(欠乏する、の意。詩篇23:1「乏しい」と同語)」、人はその欠乏したところに神が満ちることによってはじめて真に人間らしくなるよう造られています。それなのに神以外のもので満たそうとする、この的外れの罪のために、主イエスは十字架上で死なれました。主イエスの十字架を信じるなら、罪のため損傷した神のかたちが回復されるのです(Ⅱコリント5:17)。弱く脆い、やがて土のちりに帰っていく私たちですが、主は絶えず「心に留め…顧みてくださるとは」何と心丈夫なことでしょう(ルカ12:6、Ⅰペテロ5:7)。自分の人生に満足し、喜びと感謝、希望に満ちあふれているでしょうか。些細なことで落ち込み、思い煩い、憂鬱になっていないでしょうか。神を人生から締め出して自力で頑張っていないでしょうか。
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