2025年年10月26日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

マタイの福音書 第17章14~18節

【 金  言 】

その子をわたしのところに連れて来なさい。

      マタイの福音書 第17章17節

【 説教要旨 】

「わたしのところに連れて来なさい」

      木村勝志牧師

 山上で主イエスの栄光が全面的に現わされていたとき、山麓では「不信仰な曲がった時代」を象徴するような出来事が起こっていました。「てんかんで、たいへん苦しんでい」る息子を、留守番役の弟子たち9人には「治すことができ」なかったため、律法学者や群衆は弟子たちと議論に明け暮れ、肝心の父と息子は蚊帳の外、すっかり忘れ去られていました。

 主イエスを中心とするはずの教会や家庭でも、考え方の違い等から似たようなことが時に生じます。「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです」(エペソ6:12)。戦う相手を間違えてはいけません。真理については妥協しませんが、それ以外では譲れるところは譲り、悪魔につけ入る隙を与えないことが大切です。

 この「不信仰な曲がった時代」の出来事も、主イエスの登場で一変します。「その子をわたしのところに連れて来なさい」と言われてそのとおりにすると、「すぐにその子は癒やされた」。今でも主イエスは、まず私たち自身が御前に進み出て来るのを待っておられます(11:28)。招きに応えて真に主イエスのもとに行った人は、以前のままではありませんでした。本書の著者マタイもその一人です。大切なことは、自分自身を下手に取り繕わないで、ありのまま主イエスの前に出ることです。罪の重荷はもちろん、自分の健康や心の問題、家族や仕事の問題もすべて遠慮せず「わたしのところに連れて来なさい」と言われます。親身に相談に乗り、問題をともに解決したいと願っておられます。「これだけは無理だろう」と私たちの側で主の全能や愛を限定してはなりません。「問題解決のために、議論を繰り広げてしまいがちな私たちです。けれども、問題や課題がイエスさまのところに持ち出された、その時から、解決に向かって事が動き始めるのです」(松本雅弘師)。

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