2025年11月23日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

イザヤ書 第12章1~6節

【 金  言 】

あなたがたは喜びながら水を汲む。救いの泉から。

      イザヤ書 第12章3節

【 説教要旨 】

「神は私の救い」

      木村勝志牧師

① 救いを満喫(1~3節)

 イスラエルの不従順の罪のゆえに主は「怒られ」、バビロン捕囚となるが、やがて主の「怒りは去り」、捕囚から解放され、「慰め」られるときが来る。すると「喜びながら水を汲む。救いの泉から」。汲めども汲めども尽きない「泉」のような救いの恵みを心いっぱい満喫するようになる、という回復の預言です。

 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります」(ヨハネ7:37~38)と主イエスは言われました。「生ける水」の源である神に背を向けた的外れこそが罪の本質であり、生きがいを奪う元凶です。神に向き直り、救いを「渇いて」求めるなら、「だれでも」例外なく与えられます。その後も主イエスのもとに来続け、飲み続け、信じ続けるなら、「心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになり」「喜びながら水を汲む。救いの泉から」、恵みを全身全霊で満喫し、喜び歌うようになるのです。

② 救いを宣伝(4~6節)

 恵みを満喫した人は、決してそれだけでは終わりません。「主はすばらしいことをされた…イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる大いなる方」なので、自分の内だけに閉じ込めておくことなどできず、「全地に知らせ」ずにはいられなくなります。

 主イエスを信じて救われたサマリアの女性がまさにそうでした。主イエスによって空しい心の空洞が埋められ、喜びの泉、感謝の泉、愛の泉、勝利の泉が絶えず湧き出るようになった彼女は、サマリアの人々に主イエスを証しし、多くの人が主イエスを信じました(ヨハネ4:1~30)。救いの恵みをまず自ら体験し、満喫し、その恵みを喜びと確信をもって宣伝するなら、必ず日本の教会も恵みを慕い求める人で満ちあふれるようになることでしょう。「人がトラクト、人が伝道メッセージ」(武庫之荘めぐみ教会)。

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