2025年12月14日アドベント第三主日の礼拝メッセージ

【 聖書箇所 】

ルカの福音書 第2章1~7節

【 金  言 】

マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。

      ルカの福音書 第2章6~7節

【 説教要旨 】

「飼葉桶のキリスト」

      木村勝志牧師

 生まれ故郷で住民登録するため、ヨセフは身重の妻マリアとともにナザレからベツレヘムまで旅しますが、ようやくたどり着いたベツレヘムの宿屋はどこも満員で、彼らは仕方なく家畜小屋で一夜を明かすことにしました。この地上で最も低く貧しく、臭く汚い場所で生まれた赤子こそ、人となられた神の御子イエスでした。神の御子、全宇宙の王なるお方が、最もふさわしくない降誕をされたのは、「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」。

 このみことばは、主イエスの生涯と人間の心を暗示しています。主イエスの地上生涯は最初から人々に拒絶されて「いる場所がな」く、成長後も人々から正しく理解されず、「枕するところもありません」(マタイ8:20)というような生活をし、律法学者やパリサイ人、民衆からも拒絶され、遂には十字架の死に追いやられました。昔も今も人々は主イエスを拒絶し、礼拝しようとしません。その心の中はこの世の様々な先客で満員状態で、主イエスの「いる場所」などありません。それでいて心の中はいつも満たされず、様々な行き詰まりがあり、暗い家庭や社会、孤独があります。それらの根本原因は、主イエスに「いる場所」を与えない的外れにある、と聖書は言います。

 そんな私たちを救い出すために、主イエスはこの世に降誕し、家畜小屋以上に汚れた私たちの罪を背負って十字架上で死なれたのです。主イエスを信じて生きるとは、何も特別なことではありません。自分らしくイキイキと生きることができるようにされる、真に人間らしく回復されることです。主イエスが心の中に住み、「世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」(マタイ28:20)、「決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(ヘブル13:5)、悩み多い人生を共に歩んでくださるのですから。

※礼拝内で、金城学院大学ハープアンサンブルによる演奏がありました。また午後からは演奏会も開かれ、多くの方にご来場いただきました。

---