2026年1月11日礼拝のメッセージ
【 聖書箇所 】
ヨエル書 第2章12~14節
【 金 言 】
衣ではなく、あなたがたの心を引き裂け。
あなたがたの神、主に立ち返れ。
ヨエル書 第2章13節
【 説教要旨 】
「心を引き裂き、主に立ち返れ」
木村勝志牧師
いなごの被害とは比べ物にならない、恐るべき「主の日が来る…その日は近い」。「しかし、今でも」遅くはないから悔い改めよ、とヨエルは語りかけました。「いつやるか?今でしょ!」という名セリフが一世を風靡しました。神に立ち返るべき時もそうです。「いつかそのうち」ではなく、「今でしょ!」。「今」主イエスを信じる決断をする。「今」みことばに従う決断をする。「今」罪から離れる決断をする。「また明日」と先延ばししているうちに、取り返しのつかないことにありかねません。「見よ、今は恵みの時、今は救いの日です」(Ⅱコリント6:2)から、「主を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに」(イザヤ書55:6)、「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない」(ヘブル4:7)。「また明日」に「今」こそ決別すべきです。
当時、悔い改めや嘆きのしるしとして、「衣を引き裂き、粗布をまとい、灰をかぶり」(エステル記4:1)ました。「衣」を引き裂く以上に「心を引き裂け…主に立ち返れ」、徹底的に嘆き、主に向かって方向転換せよ、とヨエルは語りました。なぜでしょう。「主は情け深く、あわれみ深い。怒るのに遅く、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださる」お方だからです。
しかし気をつけなければならないのは、私たちは何か外面的な行動を起こすと、それで自己満足してしまい、もう十分であるかのように思い込み、ごまかしてしまう傾向があることです。「人はうわべを見るが、主は心を見る」(Ⅰサムエル記16:7)。主が求めておられるのは、私たちの真実な心です。主の前に砕かれ、心を引き裂いて全身全霊で悔い改め、主に向き直る魂です。「私は本当にみじめな人間です」(ローマ7:24)と、自分自身の不甲斐なさや罪深さのために泣いたことがあるでしょうか。その点、ダビデは幸いでした(Ⅱサムエル記 第11~12章)。
---
【 祈祷課題 】主日礼拝の時に、毎回祈られています。
・みことばに聴き、信じ従い、地の塩・世の光として歩めるように
・礼拝・教会学校に集う一人ひとりの祝福のために
・知多市周辺住民の祝福、日本と世界の平和と祝福のために
・家族・友人・知人が教会に導かれ、受洗者が起こされるように
・掲示板やホームページ等により求道する者が起こされるように
・会堂いっぱいに人々が集う礼拝、教会財政の祝福のために
・知多半島全域に福音を満たすことができるように

