2021年3月21日の礼拝メッセージ

聖書箇所 マタイの福音書27章11~26節

主題聖句:そこでピラトは彼らのためにバラバを釈放し、イエスはむちで打ってから、十字架につけるために引き渡した。(マタイの福音書27章26節)

本日の説教要旨:十字架の道を歩むイエス様を取り巻く人々の姿は人間の醜い姿です。最後まで真理に従い通したイエス様の姿を見ていきます。

1.自分に生きる人々 

イエス様は「ユダヤ人の王」として連れてこられ、ローマの脅威であるのかどうか問われました。他にも不利な証言をされてイエス様の立場は悪くなる一方でした。しかしピラトはイエス様には罪がないと言ったのです。また彼は祭司長たちがねたみの心からイエス様を連れてきたことを知っていました。イエス様は黙っていましたが、イエス様を訴える人々の感情は誰にも抑えられず、爆発寸前でした。ピラトは暴動を恐れ、責任を放棄してしまいました。

2.真理であるイエス様 

イエス様は決して口を開きませんでした。なぜならば十字架こそ真理に従って生きることだからです。真理とは神様です。何が起こっても、時代が変わっても決して揺るがない正しい道。真理に従って生きることは神様に従って生きることです。そしてこの地上で神様のことを指し示し、導いてくださるのがイエス様です(ヨハネ14:6)。このイエス様も真理そのものです(エペソ4:21)。今、主は私たちに真理に従って生きるかどうか尋ねます。私たちも真理に従って歩むことができるからです。真理へと導くのは「真理の御霊」(ヨハネ14:17、15:26、16:13)です。御霊の力によって私たちは真理である主に従って歩んでいくことができます。