2022年9月4日振起日・(教団)教会学校デーの礼拝メッセージ
聖書箇所 列王記第二4章1~7節
主題聖句:
器を借りて来なさい。空の器を。それも、一つや二つではいけません。
本日の説教要旨:「あなたのために何をしてあげようか」
「預言者の仲間」の一人が死にました。彼には借金があったようで、「債権者が来て…二人の子どもを自分の奴隷にしようとしています」。妻がその窮状を訴えると、エリシャは「何をしてあげようか」と問いかけました。何をすべきか知らなかったからではなく、主のみわざにその一家も参画させるためでしょう。「近所の皆から、器を借り…すべての器に油を注ぎ入れなさい」との命令に素直に従って実行すると、「ただ、油の壺一つしかありません」と言った一家は負債を完済したばかりか、その残りで暮らしていくことができました。
「ただ、油の壺一つしかありません」。イエスの弟子たちも同じことを言いました。「五つのパンと二匹の魚しかありません」(マタイ14:17)。私たちは何かするとき、環境の悪さ、時間の遅れ、問題の大きさ、能力の不足ばかり見つめ、主の全能を忘れがちです。わずかなものであっても、主の手にかかれば、何倍にもなって用いられるのです。
盲人バルテマイがイエスに「わたしに何をしてほしいのですか」と問われたとき、即座に「見えるようにしてください」と答えて癒され、「イエスについて行った」(マルコ10:46~52)。「何をしてあげようか」との問いかけに、あなたは何と答えますか。「あなたの口を大きく開けよ。わたしがそれを満たそう」(詩篇81:10)。主は無限のお方であるのに、私たちの側で常識の範囲内に限定してしまってはいませんか。非常識な信仰者でもなく、常識的な信仰者でもなく、「超」常識の信仰者でありたいものです。「神から大いなることを期待せよ。神のために大いなることを試みよ」(ウィリアム・ケアリ)。