2023年1月22日の礼拝メッセージ
聖書箇所 ヨハネの福音書11章17~44節
主題聖句:
わたしを信じるものは死んでも生きるのです。
ヨハネの福音書11章25節
本日の説教要旨:「わたしはよみがえり、いのち」
マルタ、マリア、ラザロの三兄弟は、早くからイエスを信じて弟子となり、イエスも彼らを愛しておられました。ところがある日、ラザロが死にそうになりました。これは信仰者であっても思わぬ悲しみに襲われることが確かにあることを教えています。「姉妹たちは、イエスのところに使いを送って」、「主よ、今すぐ来て弟を癒して下さい」とは言わせませんでした。「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です」と現状を報告するのみでした。それは、イエスが迫害されたエルサレムに近いベタニアに来られるのは危険だと考えたからであり(8節、10:39~40)、またラザロのことをただ知っていただくだけで十分、イエスなら必ず何とかしてくださると確信していたからです。
イエスは「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります」と言われました。この病気によって神の栄光が現されるだけでなく、ラザロの死と復活がイエスの十字架の死と復活につながり(47~53節)、救いの完成によって神の栄光が現わされるようになる、ということです。
十字架上で死なれましたが、三日目にしを打ち破って復活されたイエスは、イエスを信じる者の人生を、罪の滅びから永遠の救いへと大逆転してくださいます。同様に、人生の様々な悲しみを打ち破り、神の栄光が現れる出来事に大逆転してくださいます。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります」との約束を信じましょう。私たちが願っているような答えではないかもしれませんが、やがて神の最善、神の栄光となる答えを見せていただけるに違いありません。